エクストラレッスンのご案内
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2024年

6月

10日

18 虫たちも先生です。

このところ良いお天気が続いています。

広い、広い青空を子どもたちと一緒に眺めながら、毎日幸せ感に浸っています。

全国見回してみても、こんなに空が広いところは、ないかもしれません。

奈良、最高です!

 

さて、子どもたちは、相変わらず元気に遊び、学んでいます。

 

とはいえ、異なる個性を持つ仲間が集まっていますから、ケンカもたびたび起こります。でも、ぶつかったり、すれ違ったり、嫌な思いを味わったりしながら、私たちは自分を感じ、相手との距離感を学んでいくことができるのです。

 

ケンカは貴重な学びの場。でも、それを仲介するときの大人の心のあり方が結局問われているんだよなぁと思います。決して子どもと共に感情の波に振り回されるのではなく、温かい愛情あふれる眼差しを持って、目の前の子どもたちの感情にまずは共感する。そして、事実を整理して淡々と伝える。どうしたらいいかを教える。

これを繰り返せば良いのだと思います。もちろんその際にユーモアやイメージといったものは忘れないようにしなければなりませんが。

 

さて、このところ子どもたちは、チョウチョやトンボを追いかける毎日です。

虫取り網を手にして、あるいはかぶっている帽子を脱いで、モンシロチョウやモンキチョウやキアゲハ、あるいはシオカラトンボを夢中で追いかけています。

時にはギンヤンマやオニヤンマが飛んできますが、高い空をものすごいスピードで飛ぶ彼らを捕まえることは、まだできていません。

 

チョウチョを捕まえるのは、決して簡単ではありません。

飛んでいるところをすくうのは難しいので花にとまっているところに近寄っていくのですが、音を立てないように、気配を悟られないようにしながらそっと忍び足で行かないと、すぐに逃げられてしまいます。

 

またうまく網の中にとらえたとしても、それを取り出すときや虫かごに入れるときにも、どこを持つのか、どんなふうにしたら逃げられないのか、工夫が必要です。

虫かごの中に何を入れたら、捕まえたチョウチョやトンボが落ち着いていられるかも、考える必要があります。

 

そうして、時間が来たら、捕まえたチョウチョやトンボたちを再び外に帰してあげることも必要です。自分が苦労して捕まえた獲物。でも、彼らにとっては何が幸せかを考えて、自分の欲望を抑えなければなりません。

 

こうして改めて捉え直してみると、チョウチョやトンボを捕まえる活動の中には、たくさんの学びがあることがわかります。

自分の体の動かし方(粗大運動)、目と手を協調させること、手や指の力の入れ方(微細運動)、相手の身になって考えること、意志をコントロールすることなどなど。

 

ペーターさんは言いました。「畑にあるものがすべて子どもたちの先生になる」と。

 

チョウチョやトンボは、まさに子どもたちの先生です。

そして何よりも大切なことは、子どもたちは、自らの意志で、心から楽しみながら、その学びを行っているということです。

 

こんなふうに考えると、子ども時代に、特に低学年の時代に、知的な学びの前にたくさんの遊びを経験しておくことが、その後の学びの大切な土台を築いてくれていることがよくわかります。

 

確かな基礎の上にしか、堅牢な美しい建物は築くことはできません。

だからこそ、50年後、100年後の未来を考えた教育では、遊びの要素がものすごく大切になってくるのだと思います。

 

さあ、今日からまた新しい1週間が始まります。

子どもたちがどんなふうに遊ぶのか、とても楽しみです。

 

 

2024610

栄 大和

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2024年

5月

10日

17 教師は農夫に、農夫は教師に

忙しかったゴールデンウィークが過ぎ、再び畑に戻ってきました。

畑では草や野菜が生き生きと育ち、小鳥たちの美しいさえずりがあちこちから聞こえてきます。さわやかな五月の風が疲れた心を癒してくれます。

 

さて、414日に入学式を行い、私たちのNARA Steiner Schoolが、無事にこの世界に誕生しました。

 

3名の子どもたちとの毎日は本当に、本当に幸せです。

竹ドームの完成にはまだもう少し時間がかかりそうですが、たとえ雨漏りがしても、たとえ未完成だとしても、3名の子どもたちは自分達の教室である竹ドームのことが大好きで、みんなで毎日楽しく過ごしています。

 

子どもたちとの毎日は、畑での自由遊びから始まります。

昨日の朝は、こんなことがありました。

 

私はその時、一人のお父さんと一緒に、種籾を播くための苗床の準備をしていました。その方は畑仕事の経験がそれほどない方ですので、鍬の使い方や溝の掘り方を丁寧に説明してから、二人で苗床周りの溝を掘り始めました。

そこに、子どもたちがやってきたのです。

 

そうして、なんとこう言うではありませんか!

「手伝っていい?」

 

驚きました。でも、もちろんこう言いました。

「いいよ。やってみてごらん。」

 

すると、子どもたちは初めて使う鍬を手にして、私たちの真似をしながら一生懸命溝を掘ってくれたのです。

最初は私が後ろから一緒に手を取って、そこから次第に自分一人の力で、子どもたちは働いてくれました。

 

もちろん1年生ですから、大人と同じような長い時間働くわけではありません。でも、短い時間の中で、ものすごく集中して手を動かしてくれました。

 

その時、私の中で、ペーターさんからいただいた言葉がすとんと腑に落ちたのです。それは、次の言葉でした。

「教師は農夫に、農夫は教師になるべきだ。」

 

私は教師です。ですから、畑仕事は素人です。

当然、自分自身を「農夫」と言えるほどの経験も知識もありません。

でも、畑にいて、さまざまな鳥たちの声を聞きながら土や野菜に向き合っていると、なんとも言えない幸福感を感じます。

日に日に生長していく野菜たちを眺め、声をかけながら、もっともっと彼らのことが知りたい、もっともっと美味しい野菜が作れるようになりたい、そう思っています。

鎌や鍬やシャベルや草刈機を使う時には、無理のない、無駄のない動きができるように、毎回意識しながら働いています。

 

だから、「農夫を目指す教師」といった方が良いかもしれません。

 

でも、そうであったとしても、子どもたちは教師である私のことを模倣しようとします。そうして、私がやっているように、鍬を使おうとします。

 

教師が農夫を目指しながら活動したら、子どもたちは土と親しみ、野菜と仲良くなり、地球を自分の居場所だと感じるようになっていくでしょう。

そして、もしここに共に働く農夫の方がいらっしゃったとしたら、その方が畑のことだけではなく、ここにいる一人ひとりの子どもたちの発達のことを考え、今の時期にふさわしい働きかけの方法を考えてくれるのなら、子どもたちはその人のことを、心から教師だと感じるでしょう。

 

まだ始まったばかりのNARA Steiner Schoolですから、常時働いているのは、今のところ教師である妻と私の二人だけ。当然、「農夫」の方ははまだいません。でも、いつかきっと、子どもたちに興味を持ち、その健やかな発達を支えようと考えてくれながら、農業に従事しようとしてくださる方が現れてくださると思います。

そしていつか、「教師でありたいと願う農夫」も、「農夫でありたいと願う教師」も、あるいは、「教師や農夫でありたいと願いながら農園の中で自分の個性を活かしながら働く親、大人」もたくさんいる理想のコミュニティーができることでしょう。

 

そこではみんながそれぞれの個性に合わせて働き、みんなが子どもたちにとっての「教師」であり、「農夫」となるでしょう。

 

こんなイメージを思い浮かべると、なんかすごくワクワクしますよね? 

このイメージをしっかり持ちながら、子どもたちとの一日一日を、大切に過ごしていこうと思います。

 

それにしても、畑の中での子どもたちは、実に生き生きと過ごしています。そこにいられる私たちは、本当に本当に幸せです。

 

畑の中のシュタイナー学校、最高です!

 

2024510

栄 大和

2024年

4月

10日

16 心構え

この一ヶ月間は、天候に悩まされました。

竹ドームも、皆が集まれる週末に雨が降り、延期、延期の連続で、ちょっとだけストレスがたまりました。

でも、そのおかげで、習ったマニュアルからいかに発展させられるかを考え続ける時間ができました。

 

さて、その過程で、私たちは、素晴らしい柿渋屋さんに出会うことができました。

 

皆さんは、「柿渋」というものをご存知でしょうか?

「柿渋」とは、しぶ柿の果汁を発酵させ、長期間熟成させた日本の伝統的な古塗料・染料です。

 

竹ドームを作るときに使う割竹の内側の白い部分に、自然塗料を塗ったほうが長持ちすると聞いて親御さんたちに相談していたときに、柿渋がいいんじゃないかというアイディアをいただきました。

そういえば、昔、家作りの時にちょっとだけ使ったことがあったなぁ。

そういえば、近くに柿渋屋さんの看板があったなぁ……。

というわけで、早速二人で伺ってみました。

 

昔からある大きなお屋敷の門のところに椅子を出して、気持ちの良い春の日差しを浴びながら、年配の男性が日向ぼっこをなさっています。

「すみません、柿渋を買いに来たんですが……」

 

すると、その男性はニコッと笑顔を浮かべて、私たちをお店の中に入れて下さいました。

あとでわかったのですが、その方は90代半ばで、もう150年も続いているというその柿渋屋さんの代表の方だったのでした。

 

淹れて下さった美味しい山城さんのお茶をいただきながら、私たちはその代表の方からたくさんのお話を聞かせていただきました。周りには、柿渋を塗った団扇や布、Tシャツ、バッグなどが飾られています。

 

私は、代表の方の言葉の中から、安全性に対する強い責任感と、自然の素材を使った商品を長い間作り続けてこられた誇りを強く感じました。

「自然の素材で作るものは、出来上がるまで時間がかかります。でも、時間をかければかけるほど、それは熟成されていくんですわ。」「今の時代は、何でもかんでも早さが求められてしまってます。そうでっしゃろ? でも、早く作ろうと思うて安全性を犠牲にするのは、心構えという点でどうかなと思いますなぁ。」

 

心に沁みました。そして、魂の奥から熱い感情が湧き上がりました。

ゆっくり、じっくり、焦らずに、正しい道を歩んでいこう、そう思いました。

 

代表の方にお礼を言って、柿渋塗料を買って帰り、早速竹に塗ってみました。

その淡い、うっすらとしたピンクの色は、周囲の自然に溶け込み、夕日に美しく、静かに光っていました。

 

子どもたちの学び場となる竹ドームの内側に塗られた柿渋が、きっと子どもたちを守ってくれることでしょう。

 

入学式まで、いよいよあと三日。

天候は大丈夫そうです。

 

果たして竹ドームの学び舎は出来上がるのでしょうか?

 

次回の報告をどうぞお楽しみに……。

 

 

2024410

栄 大和

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2024年

3月

10日

15 できることができないようになる!〜地球とつながる喜び〜

3月になりました。

畑はすっかり春の陽気です。

私たちNARA Steiner Schoolの開校前の準備が少しずつ進んでいます。

 

今日は、親御さんたちやそのお知り合いの方々に集まってもらって、畑の学び場や苗床、トイレなどに使える“あるもの”を作り始めました。

それは……「竹ドーム」です。

 

竹ドーム。

ちょっと前まで、その存在すら知らなかった竹で作った建造物。

台風にも雪にも強く、それでいて身近なところにある竹を材料にして作ることのできる半円形の空間。

もし竹を無料で手に入れられれば、かなりのコストパフォーマンスが期待されます。

 

You Tubeを検索すると、たちまちいろいろな情報が手に入り、それを見ているだけでいつの間にかすべて理解し、自分が簡単にそれを作れるような気になってしまいがちです。

でも……物事はそんなに簡単ではありません。

 

そこで、妻と二人で竹を切り出して、昨日までの間に、半分のサイズの小さな竹ドームを試しに作ってみました。

 

昨日までの間に、都合3日間かけて、毎回汗をびっしょりかきながら、そして慣れない作業に戸惑いながら、それでも、なんとか作り切りました。

 

そして今朝。

集まってきた親御さんたちは、二人で作った竹ドームを見て、びっくりした顔でこう質問します。「わあ、すごい! これって、本当に二人だけで作ったんですか!」

 

はい、そうです。

そして、今日はそれを皆さんで準備しますよ。

……ということで、早速竹を切り出し、運び出す作業から始めました。

 

畑のお隣の竹林の方のご好意で、自由に竹を切らせていただき、畑まで運び込みます。次は、その竹を、みんなで六等分します。代わりばんこに重い大きな竹割器を手に持ち、力強い掛け声と共に押し込みます。他の皆さんも、一緒に竹を支えながら、まるでお寺の鐘をつくように、竹を壁に押し当てていきます。どの方も最初はおっかなびっくりだったのですが、すぐに慣れて、真剣に力を入れていきます。

そして、「パカーン!」という音とともに、竹が六つに割けた時の爽快感!

もう本当に最高です。

 

その後は節の出っ張りをノコギリやナタで平にし、それを焚き火の上であぶって、油抜きをしていきました。

 

大人たちが真剣に作業しているのをなんとなく感じながら、子どもたちは自由に遊び回っています。

途中の休憩時間には、みんなで持ち寄ったおにぎりやおかずを、分けていただきましたが、子どもたちも大人の方々も、そのおいしさに笑顔が絶えませんでした。

 

途中、ふと気づいたのですが、もうすでに、畑の学校が始まっているのかもしれません。妻と二人で一生懸命遊んでいる子どもたちを見守っているうちに、なんとも言えない幸福感が湧いてきました。

 

今日の竹ドーム作りで、皆さんがきっと感じてくださったであろうこと、それは、これまでできなかったことができるようになる喜びだと思います。そしてその感情は、何物にも代えることのできない尊いものだと思うのです。

 

自然の恵みである竹をいただいて、その重さを感じつつ、地水風火の力を借りながら、それを変容させていく今日の作業が、私たち大人をこの畑の場所に深く結びつけてくれました。

 

大切な畑、大切な土地、そして、かけがえのないこの地球。

 

今日、私たち大人たちは、お互いの顔を見ながら真剣に話し合い、協力して手足を動かし、心の底からの満足感を感じました。笑顔を浮かべながらお互いをたたえ合うその雰囲気が、なんとも言えない満ち足りた空気感をこの場に創り出しました。

 

自分達は、共に汗を流した仲間、子どもたちのためにより良い場所を創ろうとして一生懸命働いている仲間。

 

これこそが、私たちが子どもたちに渡したい大切なことです。

地水火風とつながり、鉱物界や植物界、動物界とつながる。そして、自分以外の人間と繋がっていく。

そんな努力を真剣に行う大人たちの輪の中で、子どもたちも世界と、地球と、人々と、確かにつながっていけることでしょう。

そして子どもたちは、地球を愛し、そこに存在するすべてのものを愛おしく思い、仲間と共にそこを大切にしていくでしょう。

 

国際情勢に目を向けると、ウクライナやガザの状況は、ますますひどくなっていっているように感じます。

でも、自分の中に、自分達のいる場所に、真の平和を創っていくことこそが、世界的な紛争を解決する道なのだと私は確信しています。

 

いつか世界中の人々が平和に暮らせるように、そして誰もが地球を愛し、かけがえのない存在として大切にしていけるように、そのために私たちは、この歌姫の畑で、子どもたちと共に新しい運動を始めています。

 

明日は、3.11

13年前の想いをもう一度蘇らせ、犠牲になられたたくさんの方々の想い、困難を共に乗り越えてきた多くの仲間たちの姿を浮かべながら、私たちはこの場所で、平和を形作っていこうと思います。

 

いよいよあと一ヶ月。

やることはたくさんありますが、自然体で、楽しみながら準備をしていこうと思います。

 

 

 2024310

栄 大和

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2024年

2月

10日

14「勇気」とは?

新しいことを始めるには、勇気が必要ですよね。すごく当たり前のことなんですけど、最近、このことを特に考えています。

「勇気」って何でしょう? どんな時に「勇気」が必要になってくるのでしょう?

 

先日、2ヶ月に一度京都で開催されている「秘教講義」に参加してきました。今月の焦点は“奈落”という言葉でした。講師の高橋巖先生の、短く、しかし深い問いかけに対して、参加者の皆さんが絞り出すようにして話された言葉の一つひとつが、心に沁みました。

 

奈落−−−−それは自分の心の中にある「闇」。「感情の嵐」、「コントロールできない自分」だと言ってもいいかもしれません。

 

完璧な人なんて誰一人いませんよね? どんな人であっても、自分の心の中を完全に制御することは不可能です。誰だってエゴがあるし、自分が可愛いし、人から認められたいし、いつも平和でいたい。

でも、日常生活では自分の思い通りにすべてが進むわけではありません。

ですから、ついさっきまで穏やかだった海が突然荒れ出すように、何かの拍子で急に感情が大きく乱れてしまうことがしょっちゅう起こってしまうわけです。

 

それが「奈落」だと思うのです。

 

私たちの心の中に、この「奈落」はいつでも存在していますよね? 

それは何か特別なことではなく、日常生活の中で常にここかしこに体験することだと思うんです。

 

例えば、午前中畑に行こうと楽しみにしていたのに、急な予定が入っていけなくなったとか、銀行の窓口で手続きをしているときに細かい書類がたくさんあって、ものすごく時間がかかってしまっているとか。そんな時、ついイライラして、腹が立って、その怒りをどこかにぶつけたくなってしまいませんか? 

私はしょっちゅうそれがあります。

そして、そんな時にこそ、奈落への入り口がぽっかり開くのだと思います。

 

そしてその奈落というものは、究極的に言えば、心の中にある「不安」からやってくるものだと思うんです。

 

自分でコントロールできない何かって、不安ですよね? 

そして、不安な時には誰だって、我を忘れて普段はしないような言動をとってしまいます。

でも、逆に言えば、そんなふうにまさに奈落に落ちそうになってしまう瞬間に、“私自身”が現れるのだと思います。

普段は隠している醜い自分、人には見せたくない素の自分の姿が露わになってしまうのです。

 

でも……“本当の私”って、誰なんでしょう? 

 

突然現れる醜い自分は、“本当の私”なんでしょうか? 

 

もしそうでないとすれば、“本当の私”はどんな存在なのでしょうか?

 

そんな瞬間に、もしも、動揺している自分にスポットライトを当てることができて、客観的に自分の様子を見つめることができたとしたら、状況は違ってくるのではないでしょうか? そして、ポジティブにとらえるならば、そのような瞬間こそが、普段は無意識の底に沈んでいる“本当の私”を見出し、その声に従いながら行動できる自分に変わることのできる絶好の機会なのかもしれません。

そして、その時にこそ、真の「勇気」が試される時なのだと思うのです。

 

私たち一人ひとりが、「勇気」をしっかり持つことができれば、世の中はきっと変わっていくでしょう。ウクライナも、ガザも、そして国内の閉塞した政治の状況も、私たち一人ひとりが勇気を持つことで、きっと変わっていけるのではないでしょうか?

 

……とは言え、こんなことを書きながら、日常生活の中ではついイラッとしてしまったり、ちょっとした出来事に腹を立ててしまったりして、あとで反省する自分がいるわけですけど……。

 

さて、立春を過ぎ、春の足音が聞こえてきました。新しいことが始まる季節は、もうすぐそこまで来ています。

 

私たちのNARA Steiner Schoolも、いよいよ4月に開校します。

 

すでに入学を決意してくださった親御さんたちは、不安を乗り越え、勇気を持ってここに来てくださったことでしょう。農園を中心としたシュタイナー教育という、まだ形が完全には定まっていない場所に大切な我が子を通わせようと決意されるまでは、きっと長い道のりだっただろうと思います。

 

そのことを思うとき、心の中がとても尊い気持ちで満たされます。そしてそれが、私たちに勇気を与えてくれるのです。

 

手つかずのまっさらな砂浜を歩いて行く時のあの新鮮な気持ちを忘れずに、しっかりと勇気を持って準備をしていこうと思っています。

 

待ち望んでいた春は、もうすぐです。

 

 

2024210

栄 大和