空が透明な光を帯びはじめ、鱗雲が見られるようになってきました。
8月は毎日のように畑に通って仕事をしていましたが、気がついたら、同じように働いてもあまり汗をかかなくなっています。
季節は、確実に動いています。
そうして、畑の学校も、少しずつ、着実に、その歩みを進めています。
夏の間、中心となるメンバーで集まって何度も話し合いをし、可能性のある場所を見学させていただいたり、何人もの方々とお話しさせていただいたりしてきました。なかなか形が固まらず、それでも根気強く集まって、真剣にビジョンを話し合うプロセスを続けてきました。
その話し合いの中で、私は、かつて歌姫農園で教えていただいた師匠の阿藤鋭郎さんの言葉をもう一度思い出し、言葉に出してみました。「畑の中で子どもたちがのびのび育ち、学ぶ、そんな場所をいつか創りたいんです」−−−−私たちがそう言った時、阿藤さんは間髪入れず、こうおっしゃったのです。
「そんなら、ここで、やればいい!」
話し合いの中で、そのエピソードを語った時、妻が言いました。「あれは阿藤さんの言葉だったけど、もしかしたら阿藤さんの口を借りて、歌姫の土地が私たちに語ったのかもしれない。」
そんな話から、その土地、その場所が望んでいるもの、という話になっていきました。
私たちの歌姫農園は、平城京跡からまっすぐ北へ歌姫街道を上がったところにあります。日本の国が出来上がっていく過程で、この土地が選ばれ、聖武天皇や光明皇后が政を行い、行基や鑑真や多くの人々の心が集まり、世界に平和をもたらすために大仏が建立され、祈りが満ち溢れていた時代。その創成期に、この土地が何を願っていたのか。
でも、意外なほどに短い期間ののち、平安京へ京が遷り、その後長い間見捨てられていた土地−−−−。
私たちの畑のお隣の田んぼをやっていらっしゃる女性の方は、かつて平城京の跡地に広がっていた田んぼで働いていらっしゃったそうです。そんなごく最近まで、平城京の周辺の土地は、果たすべき役割を抱えたまま、成就できない想いを抱えたまま、そんなふうに眠っていたのかもしれません。
子どもたちがこの場所にやってきて、健やかに学び、育っていくこと。守られた環境の中でたくさんの好ましい感覚知覚を受け取り、たくさんの動きを行い、お互いのかけがえのなさを感じながら、お互いを尊重できるようになっていくこと。そのために、大人たちが謙虚さを持ち、感謝の気持ちを持って、子どもたちや地域のために自分達ができることをやっていくこと。
そんな学び場、コミュニティの中で育った子どもたちが、20年後、30年後に大人になったときには、きっと世の中のために自分ができることを行って役に立ちたいと思い、行動するでしょう。
それは、この場所から「大きな和/調和」を生み出していくことになるのだと思います。
平城京のあったこの「大和」の地は、もしかしたらそのような想いを持っているのかもしれません。
この1週間で、いろいろな動きが起こりました。
まず、資金繰りやコミュニティの在り方をどうするかという経営面の大きな課題を切り拓くヒントが書かれている本に出会えました。
それによって、学校開設のための大きなハードルを乗り越えるヒントが見え始めました。
次に、学校の教室のための場所としての近隣の住宅の可能性が見えてきました。
これは、思い切って自治会長さんのところにご挨拶に伺い、そこから開けてきた道でした。突然訪ねていったにも関わらず、たくさんのお時間をとってお話を聞いてくださり、親身になって考えてくださった会長さんご夫婦に加えて、私たちの畑の周囲にいらっしゃる地元の方々の温かいサポートもありました。皆さんの温かいお声かけやお気持ちに、心からの感謝の気持ちが湧いてきます。
さらには、Farm-based Educationの提唱者であるドイツのペーターさんご自身とのご縁が再び繋がりました。
畑の学校のカリキュラムを具体的に考えることは、学校を始めるための非常に重要な鍵になるのですが、同じ方向を向いてすでに活動を始めていらっしゃる北海道の方々が、わざわざメールをくださったのです。
このご縁によって、ペーターさんから直接学ばせていただき、ペーターさんが提唱していらっしゃる考え方や、私たちがやろうとしていることを、より多くの方々に知っていただくための機会を、この秋に設けることができそうです。
熱を持って繰り返し活動していくことで、新しい何かが生まれていく。
これまでの経験で感じていたことを、改めて再確認しています。
私たちの力を超えた何かが、誰かが、私たちの背中を確かに押してくれています。
たくさんの不安やおそれや自信のなさも、もちろん私の中にはあります。
でも、それらを超えて、勇気を持って進んでいこう、そんな強い気持ちが湧いてきている今日この頃です。
2023年9月10日
栄 大和